この時から、何回か「のぼるくん」を借りて、運動会や講演に貸していただきました。
でも、何回か着ましたが、知る人しか知らない「のぼりざる」。もったいない。
私が結婚して、旦那さんの実家(都城市志和地)のじいちゃんが、延岡出身の私にお願いをしてきたことがあります。
「俺は昔、延岡に住んでたことがあった。その時に「のぼりざる」の置物があったのを憶えてるんだが、「のぼりざる」を買ってきてくれんか。昔は、家の前とかに飾ってあった。ばあさんとかが、内職で作りよったが。懐かしいなぁ。」
後日、都城のじいちゃんや親戚に「のぼりざる」を買っていったら、大好評!おじいちゃんも感動。その姿を見てると、人々の心に残るこの贈り物を大事にしないといけないという想いに駆られました。
私は、いろんな贈り物に「のぼりざる」を添えるようになりました。どこに贈っても喜ばれます。特に年配の方には「懐かしい」といってとても好評なんです。
議員となった今、私はこの延岡にしかない「のぼりざる」を、子どもたちに残していかないといけないと思ってます。
そこで、議員になって何回か質問させていただきましたし、いろいろなところでお話もさせていただいてます。
ただ、まだ製作者の土肥さんにはお会いし土居さんの想いを聞いてなかったし、「のぼりざる」作成の工程を見せてもらわねば・・・という気持ちから訪問させていただいたのです。
説明が長
なんといっても、このかわいい「のぼりざる」が好きなんです。
どこまで広がるか分かりませんが、この先輩たちが守ってきた「のぼりざる」のますますの発展のため、製作所を訪問させていただきました。
「のぼりざる」製作所『松本』は、西階にありました。
土居さんが一人でこの「のぼりざる」を作り続けています。
先代である土居さんのお父さんが10年ほど前に、そしてお母さんが6年前に亡くなられたそうです。
お父さんは、かつて、いつもこの「のぼりざる」のことを心配していたそうです。死に際も「のぼりざるを頼む」と言って息を引き取ったのだとか。
その後、東京に住んでた土居さん夫妻は、父の意思を引き継ごうと延岡へ戻り、お母さんのお手伝いをするようになったのだとか。しかし、お母さんが平成14年に亡くなってから土居さん夫妻しか製作者はいなくなりました。
現在は土居さん一人。辛い時もこの「のぼりざる」が心の支えとなりました。この「のぼりざる」があったからこそ、たくさんの苦難を乗り越えれた・・・と。
故人松本節子さんは、大正11年延岡生まれで、近所のおばあちゃんが3人集まって「のぼりざる」を作ってるのをよく見ていたそうです。昭和24年に「のぼりざる」の素朴さ、子供の成長を願う親心の表われに魅せられ、「のぼりざる」製作を手掛けられたそうです。
戦災により被害を受けた学校の復興バザーに、近所に住んでいた松川サトさんの指導で「のぼりざる」を作り出品しました。
それが幸運にも当時の市長・仲田又次郎氏の目にとまり、延岡を代表する郷土玩具であること、そして復興にマッチした縁起の良い作品であるとの理由で、当時としては破格の1万円という助成金が贈られたそうです。当時は、4人の製作者がいました。
本格的に作り始めたのは昭和29年頃からで、さる年を翌年に控えた昭和30年には大量注文が舞い込み広く知られるになり、さらに昭和43年のお年玉記念郵便切手の図案に採用されたことから、延岡の「のぼりざる」が全国に知れ渡ったようです。
松本さんの作品は全国観光土産展でも入賞するなど数々の賞を受け、昭和59年には宮崎県伝統工芸士に認定され、さらに平成13年には「のぼりざる」製作技術保持者として「延岡市無形文化財」に指定されました。
「のぼりさる」は、江戸時代(内藤時代)から延岡藩の武士の妻たちが手内職として作り始められました。張り子の猿は菖蒲(しょうぶ)絵の幟(のぼり)にさげられ、風を受けると竿を伝って昇ります。
これは、子供の立身出世、無病息災、五穀豊穣を願ったもので、端午の節句に鯉のぼりと一緒に揚げられていました。
みなさん、多分知らないと思いますが、昔から土産物として、また転勤する方への「はなむけ」(出世を祝う意味)として贈られています。
由来
※猿田彦命は勇将で、常に戦いの先頭に立って戦を勝利に導いたので、武士の間では戦の神として崇敬された。
製作方法とスタイル
木材で猿の型を作り、その木型に和紙を何枚も張り合わせます。
その後、背を切り開き、木型を取り出し背を縫い合わせて色を付けていきます。
足に紙を貼ります。
ふんどしや金筋入りの烏帽子の絵を描きます。
表情も豊かでしょ。
お目目が上向いたり横向いたり。
お母さんが生きていた頃の在庫が今も残ります。
京都にいるお姉さんが小鼓(こづつみ)を作ってくれたり、知り合いが竹を曲げるのを作ってくれたり・・・と、皆さんから支えてもらってます・・・と土居さんは言います。
いつの時代か分かりませんが、昔作られていたのぼりざるが残ってました。
この箱には、昭和22年と書いてました。
土居さんが掃除をしていたら出てきたようです。きっと、近所のおばあさんたちが集まり、作った作品なのでしょうか。
のぼりの菖蒲の絵は手描きです。子どもに対する愛情が感じられます。
たばこほどの大きさの、昔作られていた「のぼりざる」です。
これも、すごくかわいかったです。これが商品化されたら売れるだろうな。
こんな木の形もありました。感激です。
この大きさの「のぼりざる」が庭に立てられたのでしょうか。
風をはらみみる「のぼりざる」。
土居さんのおうちの前には、「のぼりざる」が立てられてました。
風が吹くと、本当に上に登っていくんですよ。感動です。
金筋入りの烏帽子をかぶり、小鼓(こづつみ)と御幣(ごへい)を手にした「三番叟(さんばそう)」のスタイルをした「のぼりざる」。
(三番叟…歌舞伎幕開の前に行う祝儀の舞。能楽の翁の中の舞の一つ。)
烏帽子と長袴は、江戸時代の武士の武服で、幟の上部の2本線は武運を、菖蒲の絵は男子の出世開運、風をはらみ昇る姿は位階が上がることにあやかっているそうです。
庭先に立てる「のぼりざる」を3本注文しました。
来年の5月には、私の家の前と実家に「のぼりざる」を立てようと思います。
皆様も、いかがでしょうか?
全国でも延岡にしかない、風をはらみ昇る「のぼりざる」を、おうちの前に立ててみては。
《子どもたちの健康を祈って・・・「のぼりざる」》・・・参考


