2009年01月28日

旧伊藤伝右衛門邸

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筑豊の炭鉱王と言われた伊藤伝右衛門さんの旧宅が飯塚市にあり、私たちは視察の最後に案内していただきました。
平成19年4月28日から一般公開が始まったそうです。

この旧宅は敷地約2300坪もあるということでした。

この伊藤伝右衛門さんは貧しい家の長男として生まれ苦労したそうですが、炭鉱開発をきっかけに大成功。明治36年衆議院議員に当選し、後に、字の読み書きもできなかった伝右衛門さんが学校を寄贈するなど、地元の子どもたちのために貢献されたようです。

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伝右衛門さんには辛い過去があります。それが、「白蓮事件」です。
この事件は伝右衛門さんの妻(25歳年下)であった歌人の白蓮が7歳年下の東大生と駆け落ちをし、公開絶縁状を大阪朝日新聞に掲載した事件だそうです。きっと大騒ぎだったでしょうね。
しかも、この白蓮さんは大正天皇のいとこだそうです。14歳という若さで結婚をし5年で精神薄弱な夫を見かねて家族に別れさせられ破婚、政略結婚の再婚相手は50歳の伝右衛門、毎月500万円のお小遣いがあったそうです。しかし伝右衛門には、白蓮以外の女性との子どもがたくさんいたそうで、愛とはなんなのか毎日考えていたんじゃないかな・・・と思います。歌人となった白蓮が初めて恋愛をしました。再々婚となった最後の相手は革命家である7歳年下の宮崎でした。貧しい生活でしたが、宮崎との子どもを戦争で亡くし、平和活動に参加。81歳で亡くなったということです。

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麻生首相が書いた表札を掲げている表門。
ここが入場券販売所となっていました。
門をくぐり玄関へ。

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家の中は撮影が認められておらず写真で伝えることができませんが、驚くほど広く、和洋折衷の室内の1つ1つが凝っていて、九州で最初の水洗便所も見れました。全部で25部屋あるそうです。50mもある廊下を見て松田満男議員が、「トイレに行きたくなったらでいじゃね。」と言ってました。わーい(嬉しい顔)
白蓮さんの部屋は2階にありました。とても眺めがよく、広大な回遊式庭園に驚かされます。

飯塚市の観光客は年間30万人ほどだと言われていました。
平成19年より公開してますこの伊藤伝右衛門邸への観光が多いようです。
ぜひみなさんも、機会がありましたら行ってみてください。
posted by うちだりさ at 09:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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