2017年01月30日

日本最初のラブストーリーの地

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昨日は、藤女の会、記紀編纂1300年延岡実行委員会として「観光協会80周年記念」スタッフをさせていただきました。

竹田恒泰さんと西島数博さんのトーク&音楽劇、また2つの懇親会、本当に光栄でした。

「延岡は、日本最初のラブストーリーの地である!」

「人になった天照大神の孫 ニニギノミコトのお墓は、延岡市北川町にある。」

竹田恒泰さんの講演、本当に本当に素晴らしかった。感動しました。
覚えている範囲ですので、簡単にまとめさせていただきます。↓↓↓
たくさんの方に、読んでいただけたらありがたいです。

「神話は、神代と人の世の時代が1つにパッケージされている。日本で最初の恋愛。イザナギとイザナミ。現れた瞬間、夫婦なんです。神様の話です。
日本という国は、天皇がシラス国である。これは、天皇が日本の隅々まで知っている国だ。井上毅(こわし)という日本で頭の良い人5人に入る大日本帝国憲法をつくった方は、明治天皇からご指摘があった。日本とはどんな国か?毅は、大日本帝国は万世一系の天皇これをシラス国である…と言った。天皇は、祈る存在だ。国民が国を支える。天皇は日本を愛する。だから日本は2000年以上続いてきたんだ。天皇と国民は親子のような関係なんだ。
天孫降臨とは、天の孫が地上に降りると書く。アマテラスの孫のニニギノミコトが地上に降りたんだ。だから、天の孫と書く。日本をシラシて来いよと大役を担って降りてきて一番最初にやったのは、ナンパです!!!しかし、そのように見てはいけません。同盟政策をしたんです!ニニギは地上に降りてきたばかり。シラス段階になかったんです。カムヤマトイワレヒコ(神武天皇)が初代天皇です。ニニギのひ孫です。ひ孫の代でやっと統治ができた。ニニギはまず、統治するために良いとこの娘をもらったんです。ニニギは笠沙の御崎でコノハナサクヤビメと出逢って一目惚れ。一言目に何と言ったか。『あなたは誰の娘か?』普通ありえない。いきなり誰の娘かと聞くか?統治するためですよ。同盟政策なんですよ。するとコノハナサクヤビメは答えた。『オオヤマツミノカミの子です。』と。キターーーーーーッ!!山の神様の子どもですよ!これは、トヨタの娘をもらうようなもんですよ。統治するためには、これはキターーッ!と思いますよね?ニニギはその場で『結婚してくれ!』と言いました。これは日本最初のラブストーリーなんですよ!延岡市的には、ここ、押しましょうよ!延岡市は、日本最初のラブストーリーの地である!と。
コノハナサクヤビメは、父上に相談します。オオヤマツミノカミは『その男はどんな人だったんだ?』と聞きます。父は、天の孫、アマテラスの孫だと聞き、キターーーーーッ!!嫁にイケーーーーッ!と、本人より舞い上がってしまいました。そして、姉のイワナガヒメまで出してしまったんです。姉妹婚は昔ありましたから。美人は3日で飽きる、ブスは噛めば噛むほど味が出ると言いますが、ニニギは外観で判断し、イワナガヒメは醜いと言って、コノハナサクヤビメだけもらって帰ってしまいました。父のオオヤマツミノカミは言霊をかけていました。イワナガヒメには、石のように永遠でありますように…と。祝いの言葉が呪いの言葉になってしまいました。神様は生きている。お宮はアマテラスのご自宅です。しかし、イワナガヒメをふったニニギは、呪いにかかり、寿命が与えられてしまったのです。神様にはお墓はありません。生きているから。しかし、ニニギにはお墓がある。つまりニニギは、人になってしまったのです。ニニギのお墓は、延岡市北川町にあります。つまりこれは、神が人になる物語なのです。神は天皇か人かと聞かれたら、人です。お墓があるからです。ニニギより後は、お墓があります。人です。
イワナガヒメはどうなったのか?人生で初めて醜いと言われたイワナガヒメは、初めて鏡で自分の顔を見て、それはそれは驚き、鏡を投げてしまいました。その鏡を投げてできたのが『白見神社』です。今でも山奥にあります。延岡からそんなに遠くない。
さて、ニニギノミコトの子どものホオリノミコト、延岡市にゆかりある方ですが、海の中の娘と結婚しました。山の次は海ですよ。統治に向かっていますね。ホオリノミコトの子ども、カムヤマトイワレヒコ(神武天皇)は、『八紘一宇』と言った。当時、戦争にあけくれていた。日本国民はみな家族なんだ。戦わず協力しよう!と呼び掛けた。天の孫のそのひ孫が言うことだからと、戦争を止めて皆が家族だとなった国民。シラスの精神。統治の中心は、南九州にあった。
国民のための国家だ!と日本は言いました。
世界は、『国家は、国民の私物です。国王は、俺の国!』なんです。日本は、2000年以上、一度も反乱さえありません。天皇を倒せ!なんて一度もない。
東日本大震災の後、天皇陛下は心臓が悪いのに、ヘリに乗って国民のために被災地を何度も訪れた。祈る存在の国民。毎日、国民の幸せを祈っている存在の国民が災害に遇った。他人事ではないんです。天皇陛下からしたら、国民は家族なんです。だからそこには計算がないんです。避難所では、「生きててくれてありがとう。」皇后陛下も、国民を我が子のように愛しています。確実に代々受け継がれているシラスの精神。
被災者は、泣き出しました。
身内がみんな死んで、生きる希望も無くなり自殺しようと考えたりした被災者が、陛下に会って、生きる望みが沸いたと言うんです。本当に私のことを愛してくれていると思ったと言うんです。私を愛してくれている人が、子の世の中にいたんだ!と思った、と。これは、『理屈じゃない。』と被災者はおっしゃっていました。
陛下は、芝居じゃなく本当に国民を愛しているから、被災者はそう感じたのです。
マッカーサの前に昭和天皇が現れた時、昭和天皇は言った。『国民は私の命令に従っただけだ。だから、私を処刑して下さい。』と。その時マッカーサは感動し、そして思いました。『日本人は家族なんだ。』と。天皇は命を投げ出してでも国民を救うんだ、と。愛する人を救うために命を投げ出すのか、と。
惜しまれながら死んでいくこと。桜も散るから美しい。もっと生きて欲しいと思われる人は、他者のために生きた人です。素晴らしい国になります。道徳の根源もそこにあるんです。
posted by うちだりさ at 08:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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