2018年06月29日

延岡大空襲

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今日は、延岡大空襲から73年目。

延岡大空襲は昭和20年6月29日1時過ぎ、米軍爆撃機B29の焼夷弾攻撃で、市内の中心部が火の海となり、岡富、川中、恒富地区が焼けてしまいました。

 被害は即死130人、行方不明8人、重傷者11人、軽傷者48人、被災戸数3765戸、被災者数1万5232人。当時の全戸数の28・7%、全人口の25・5%が被災したとされる。

延岡への空襲と延岡上空での戦闘は終戦の20年8月15日直前まで続いた。市山氏によるその日付と場所は、「昭和20年3月4日伊形松原方面▽3月5日島野浦駆潜艇と交戦▽3月18日延岡上空大空中戦▽5月2日島野浦空襲▽5月10日ベンベルグ工場寄宿舎▽5月14日浜砂▽6月26日中ノ瀬▽6月29日延岡全市大空襲▽7月16日レーヨン工場(旭有機材工業の前身の)雄耽舎▽8月4日ベンベルグ工場▽8月5日祇園町北小路(本田屋旅館)▽8月8日薬品工場済生会病院▽8月11日五ケ瀬川鉄橋新町▽8月14日薬品工場愛宕山=このほかに恒富と平原変電所方面、本村春日神社裏薬品工場工作所等もあるが、日時不明」。

被害は、戦災死者300人以上。
posted by うちだりさ at 09:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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