2019年09月06日

その価値を、活かすも殺すも私たち次第

DSC_2530.JPGDSC_2517.JPG

延岡は、昔、5月の節句にはたくさんの「のぼりざる」が家々に掲げられていました。それは、子どもたちの立身出世を祈って掲げられていたのです。
私は、延岡の郷土玩具の復活を願い、のぼりざるの様々な活動を行ってきました。

2年前、同級生のお父さん・お母さんを通じて、「のぼりざる」を愛してくれる東京在住の男性に出会いました。その男性は、自転車で伝統工芸を探しながら全国を一周した際、延岡の「のぼりざる」に一目惚れしたそうです。
それからと言うもの、これまで4回も「のぼりざる」を輝かせたい!一心で、延岡に来ています。
毎回、様々な文献と企画提案を持参して。
男性の説明によると・・・

磐城誌によると、江戸時代、脱活(はりぬき)猿のぼり…といった記述が書かれています。いわき市でも、張り子ののぼり猿が使用されていたようです。延岡藩の内藤家は磐城にいたこともあり、延岡へ移る際に磐城ののぼり猿が延岡へ伝わったのでしょう。

つまり、延岡の「のぼりざる」の歴史は200年とする考えが有力のようです。

判明しているだけで、「のぼり猿」は全国7ヵ所で確認できます。おそらく、全国にもっとあったはずですが、現在では職人さんが延岡に1人しかいません。全国どこを探しても、延岡にいらっしゃる橋倉さんしか作り手さんがいないんです。

「のぼりざる」を絶やしたくない。
節句には、たくさんの「のぼりざる」を延岡に立てたい。

「のぼりざる」の活動を続ける男性は、現代版「のぼりざる」の商品開発を考えてくれています。たくさんの企画書を片手に、明日も一緒に回ります。
posted by うちだりさ at 00:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。